高齢化率と医療資源を掛け合わせると何が見えるか|AIと公共データの実験室 #03
高齢化率が高い地域には、病院や医師も多いのでしょうか。
反対に、高齢者が多いのに、医療資源が少なく見える地域はあるのでしょうか。
「AIと公共データの実験室」の第3回では、埼玉県63市町村の高齢化率に、病院、診療所、病床、医師のデータを重ねました。
結論から言うと、高齢化率が高い自治体ほど医療資源も多い、という単純な関係は確認できませんでした。
それよりも見えてきたのは、大学病院や専門病院など、大規模な医療機関がどこに立地しているかという違いです。
ただし、これは自治体の医療を順位付けする分析ではありません。
医療は市町村の境界を越えて利用されます。今回の数字は、次に何を調べるべきかを見つける入口として読みます。
今回の問い
今回、確認したかったのは次のことです。
・高齢化率が高い自治体では、医療資源も多いのか
・高齢者人口に対して、医療資源が少なく見える自治体はあるか
・高齢化率だけでは見えなかった地域差が、医療データを重ねることで見えるか
ここで難しかったのが、「医療資源を何で表すか」です。
病院数だけを見ても、病院の規模は分かりません。
医師数だけを見ても、診療科や勤務形態までは分かりません。
そこで今回は、一つに決めつけず、4つの指標を使いました。
使った公共データ
対象は、2020年時点の埼玉県63市町村です。
使用したのは次の公的統計です。
・2020年国勢調査
・2020年医療施設調査
・2020年医師・歯科医師・薬剤師統計
医療施設調査は2020年10月1日、医師統計は2020年12月31日が基準日です。
同じ2020年でも調査日は一致していないため、その違いを記録したうえで比較しています。
医療資源をどう定義したか
今回使った4つの指標は次の通りです。
人口10万人あたり病院数
= 病院数 ÷ 総人口 × 100,000
人口10万人あたり一般診療所数
= 一般診療所数 ÷ 総人口 × 100,000
65歳以上人口1万人あたり病床数
= 病床数 ÷ 65歳以上人口 × 10,000
65歳以上人口1万人あたり医療施設従事医師数
= 医療施設従事医師数 ÷ 65歳以上人口 × 10,000
施設の実数だけでは、さいたま市のような人口の多い自治体が大きくなります。
人口あたりに直すことで、規模の違う自治体を比較しやすくしました。
ただし、人口の小さい町村では、病院が1か所あるだけでも比率が大きく動きます。この点には注意が必要です。
高齢化率との関係を散布図で見る
まず、高齢化率と4つの医療資源指標を散布図にしました。
【図:高齢化率と人口10万人あたり病院数】
【図:高齢化率と人口10万人あたり一般診療所数】
【図:高齢化率と65歳以上人口1万人あたり病床数】
【図:高齢化率と65歳以上人口1万人あたり医療施設従事医師数】
高齢化率との単純相関係数は次の通りでした。
| 医療資源指標 | 相関係数 |
|---|---|
| 人口10万人あたり病院数 | 0.073 |
| 人口10万人あたり一般診療所数 | 0.154 |
| 65歳以上人口1万人あたり病床数 | -0.213 |
| 65歳以上人口1万人あたり医療施設従事医師数 | -0.251 |
相関係数は、2つの数字がどの程度一緒に動くかを見る目安です。
今回は、どの指標も強い相関ではありませんでした。
つまり、高齢化率だけを見ても、その自治体内に病院や医師がどの程度配置されているかは、十分に説明できないということです。
もちろん、相関が弱いことは「関係がまったくない」という意味ではありません。
人口規模、人口密度、交通、病院の歴史、医療圏での役割など、別の条件が重なっている可能性があります。
毛呂山町の数字が突出していた
今回、特に目立ったのは毛呂山町でした。
・65歳以上人口1万人あたり病床数:1,661.20
・65歳以上人口1万人あたり医療施設従事医師数:447.65
どちらも63市町村の中で最も高い値です。
公式情報と照合すると、毛呂山町には埼玉医科大学病院があります。
この病院は特定機能病院で、県西部の中核的な医療機能を担っています。
ここから考えられるのは、毛呂山町の住民だけを対象にした医療資源ではなく、広い地域を支える病院の立地が、市町村の人口比指標を大きく押し上げている可能性です。
「高齢化率が高いから病院が増えた」とは説明できません。
病院の立地と役割を見る必要があることが分かります。
日高市、伊奈町、和光市にも広域施設がある
高齢者人口あたり医師数では、日高市、伊奈町、和光市も高値候補になりました。
公式情報を確認すると、次の医療機関が立地しています。
・日高市:埼玉医科大学国際医療センター
・伊奈町:埼玉県立がんセンター
・和光市:国立病院機構埼玉病院
県立がんセンターは503床、国立病院機構埼玉病院は550床です。
どちらも、その自治体だけで完結する施設ではなく、広域的な役割を持っています。
このことからも、市町村の人口を分母にした指標は「住民一人ひとりが利用できる医療の量」と同じではないことが分かります。
秩父地域では診療所の人口比が高かった
人口10万人あたり一般診療所数では、次の自治体が高値候補でした。
・秩父市:102.22
・小鹿野町:91.51
・小川町:91.15
63市町村の中央値は56.32です。
ただし、診療所の人口比が高い理由は、今回のデータだけでは分かりません。
人口密度、集落の分散、病院までの距離、診療科、医師の勤務日数などを追加で確認する必要があります。
ここは、次の調査につながる発見候補です。
表章値0を「医療がない」と読まない
病院数や病床数が0と記録された自治体もありました。
また、東秩父村は医療施設従事医師数も表章値0でした。
ここで注意したいのは、0という数字の読み方です。
今回使った統計では「-」は計数がないことを示し、処理上は0としています。
しかし、市町村内の病院が0でも、隣接する自治体の病院へ通える場合があります。
反対に、市内に病院があっても、交通手段がなければ利用しにくい場合があります。
したがって、表章値0をそのまま「医療不足」と評価することはできません。
次に必要なのは、医療圏、移動時間、公共交通、患者が実際にどこへ通っているかというデータです。
人口増減も重ねてみた
第2回(#02)で使った2000年から2020年の人口増減率も重ねました。
【図:人口増減・高齢化率・病床数】
【図:人口増減・高齢化率・医師数】
横軸が人口増減率、縦軸が2020年の高齢化率です。色が明るいほど、高齢者人口あたりの病床または医師が多いことを示します。
毛呂山町の値が突出しているため、多くの自治体は似た色に見えます。
これはグラフの欠点であると同時に、大規模施設が一つあるだけで市町村指標が大きく変わることを表しています。
データから確認できた事実
今回のデータから直接確認できたことは次の通りです。
・高齢化率と4つの医療資源指標に強い相関はなかった
・毛呂山町の高齢者人口あたり病床数と医師数が突出していた
・日高市、伊奈町、和光市も医師数の高値候補だった
・秩父市、小鹿野町、小川町は診療所数の人口比が高値候補だった
・病院数や病床数が表章値0の自治体があった
ここまでは、統計から確認できる事実です。
ここから先は仮説
ここからは、追加調査が必要な仮説です。
・高齢化率よりも、大学病院や専門病院の立地が病床・医師指標を大きく左右している可能性がある
・秩父地域の診療所比率には、人口密度や集落の分散が関係している可能性がある
・病院が表章値0の自治体でも、同じ医療圏や近隣自治体の施設を利用している可能性がある
・交通条件を加えると、施設数だけでは見えない利用しやすさの差が見える可能性がある
これらは、今回の分析だけでは結論にできません。
この分析だけでは分からないこと
今回の分析では、次のことは分かりません。
・住民が実際にどの病院へ通っているか
・病院まで何分かかるか
・公共交通で通院できるか
・必要な診療科があるか
・救急や在宅医療を利用できるか
・待ち時間や医療の質はどうか
病院数や医師数が多いことと、高齢者が安心して暮らせることは同じではありません。
AIを使った分析で気づいたこと
AIを使うと、複数の統計表から市町村名をそろえ、計算し、グラフにするところまでは速く進められます。
一方で、数字の意味を決めるのは人です。
今回も、最初に病院数だけを見ていたら、「多い」「少ない」という単純な話になっていたかもしれません。
しかし、医療圏や大規模病院の役割を確認すると、市町村別ランキングだけでは不十分だと分かりました。
AIは答えを出す道具というより、次の問いを見つける道具として使う方が面白い。
今回、改めてそう感じました。
まとめ
埼玉県63市町村の高齢化率に、病院、診療所、病床、医師のデータを重ねました。
分かったことは次の3点です。
・高齢化率が高い自治体ほど医療資源も多い、という単純な関係は確認できなかった
・大規模な医療機関の立地が、市町村の人口比指標を大きく左右している可能性がある
・市町村内の施設数だけでは、住民が利用できる医療を評価できない
次は、交通アクセス、人口密度、医療圏内の患者移動を重ねてみたいと思います。
データを一つ加えるたびに答えが出るというより、新しい問いが見えてきます。
それが、公共データを掛け合わせる面白さなのかもしれません。
よくある質問
Q1. 高齢化率が高い地域ほど病院も多いのですか?
今回の埼玉県63市町村の比較では、強い関係は確認できませんでした。大規模病院の立地や医療圏での役割など、別の条件が影響している可能性があります。
Q2. 病院数が0なら、医療を受けられないのですか?
そうとは限りません。近隣自治体や同じ医療圏の病院を利用できる場合があります。判断には交通時間や患者流動の確認が必要です。
Q3. 医療資源が多い自治体は、安心して暮らせますか?
今回の数字だけでは判断できません。診療科、救急、在宅医療、交通、待ち時間なども確認する必要があります。
Q4. なぜ病院数をそのまま比べないのですか?
自治体ごとに人口規模が大きく異なるためです。今回は人口10万人あたり、または65歳以上人口1万人あたりに直して比較しました。
出典
・e-Stat「令和2年国勢調査 人口等基本集計」
・e-Stat「令和2年医療施設調査」
・e-Stat「令和2年医師・歯科医師・薬剤師統計」
・埼玉県「第8次埼玉県地域保健医療計画」
・埼玉医科大学病院、埼玉県立がんセンター、国立病院機構埼玉病院の公式情報
注記
本記事の医療資源指標は、自治体内に所在する施設・医師を人口で割った値です。住民が実際に利用できる医療量、医療の質、充足度を示すものではありません。
医療施設調査と医師統計は基準日が異なります。現在の医療機関公式情報には2020年以降の情報も含まれるため、施設の立地と役割の確認にのみ使用しました。
相関関係は因果関係を示しません。個別自治体の優劣を評価する目的ではありません。
公共データを使った地域分析のご相談
公開されている統計を整理し、地域の特徴や次に調べるべき問いを図表にまとめます。
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