AIは、自分の当たり前を見直す練習相手になる
AIは、自分の当たり前を見直す練習相手になる
AIの話をするとき、つい「何ができるか」から説明したくなります。
文章を作れる。
要約できる。
画像も作れる。
プログラムも書ける。
たしかに、どれも便利です。
でも、AIに詳しくない人にとっては、機能を並べられるほど遠い話に聞こえることがあります。
最近、あらためて思うのは、自分の当たり前は相手の当たり前ではない、ということです。
これはAIに限りません。仕事の説明でも、資料の共有でも、打ち合わせでも同じです。こちらは分かっているつもりでも、相手には前提が見えていない。専門用語そのものより、その前にある背景が抜けていることが多いんだと思います。
AIは、この「当たり前の差」を見直す練習相手になります。
たとえば、こんなふうに聞いてみます。
- この説明を、初めて聞く人にも分かる言葉に直してください
- 専門用語になっている部分を教えてください
- 相手が疑問に思いそうな点を3つ挙げてください
- もう少し身近なたとえにしてください
これだけでも、自分の説明を外から見ることができます。
大事なのは、AIに正解を決めてもらうことではありません。AIに一度たたき台を出してもらい、「ここは違う」「この言い方なら伝わるかもしれない」と自分で直していくことです。
私は元エンジニアなので、どうしても仕組みで考える癖があります。仕組みで考えること自体は悪くありません。ただ、その仕組みを人に伝えるときには、相手がどこから見ているのかを考える必要があります。
AIは、そこを確認するための小さな鏡のようなものかもしれません。
完璧な説明を一回で作る必要はありません。
まず一度、頭の中にある説明を外へ出す。
AIに分かりにくいところを聞いてみる。
それを自分の言葉に戻していく。
この流れなら、AIは特別な人だけの道具ではなくなります。
普通の仕事の中で、普通の人が使える道具になる。
そして、説明する側の認知負荷も少し下がります。
Willow38のAIセミナーや相談でも、いきなり難しい機能の説明から入るより、「今の説明は相手に伝わるだろうか」というところから始める方が自然だと感じています。
AIを使う入口は、すごいことをするためだけではない。
自分の当たり前を、相手に届く言葉へ直すために使う。
それくらいの距離感から始めるのが、案外ちょうどいいのかもしれません。

